複雑な動作システムに対峙する上で求められる”シンプルな”アプローチの重要性
by 上松大輔
FMSはこれまで、一貫してシンプルなアプローチの優位性、重要性を解いてきました。包括的な、
そして、それは詳細なアセスメントが不要といっているわけではなく、痛みの改善やスポーツのスキル獲得時など、時に応じてかなり詳細なレベルの評価と介入とするケースは多くあります。一方で、我々セラピストやトレーニングコーチの習性として、より詳細なアプローチに偏ってしまうために、そこに埋没してしまわないように、シンプルなアプローチを常に保つ姿勢が重要と考えています。
また、この考えは、上記のようなフィロソフィーの問題として、"こうした方が良い"という話だけでなく、対峙している動作システムの性質上、"こうせざるを得ない"という必要の問題であり、この問題認識は2020年くらいから理学療法などの国際雑誌上でもその必要を訴えるコメンタリーが増えてきていますが、まだまだその認識が広がっていないのが現状です。少し難しいコンセプトではありますが、下記に、なるべく簡潔に記載していますので、ぜひ参考にしていただければ幸いです。
以下の文章を読み進める前に、以前にもご紹介したGrayのこの動画をぜひご覧になってください。
ここからが本論となりますが、人の動作システムは、筋骨格系、神経系、循環器系などの複数のサブシステムが相互に連携することで生み出される、高度に複雑な現象です。このような複雑性と非線形性の特徴によって、人の動作は典型的な”複雑非線形システム” (complex nonlinear system)として位置づけられます。複雑系(complex)とは、"多数の相互に関係する要素から成り立ち、全体として予測困難な振る舞い(創発)が現れるシステム"と定義され、非線形的(nonlinear)かつ、適応的(Adaptive)で、自己組織化という性質を伴なうものです。インターネットなどのネットワーク/交通システム、気候システムなども、複雑非線形システムに含まれます。
こうした複雑非線形システムの分析や予測は、初期条件への高い依存性や、予期しない振る舞い(創発性)などの要素により、私達が医療またはトレーニングの教育課程で学ぶ従来の還元主義的アプローチ(≒機能障害モデル)では限界があるとされ、医療またはトレーニングの分野であれ、臨床家または研究者が、原理・原則を見出し、特定の課題に取り組むためには、シンプルなアプローチが不可欠となるとされます。
米国理学療法士協会(APTA)は、”ムーブメントシステム”(Movement system)を複数の系・サブシステムの統合と定義しており、動作(システム)が本質的に複雑であることを示しています。このような相互接続性は、システム”全体”としての挙動を捉える包括的な分析手法を必要とし、個別の構成要素のみに注目する従来の方法では不十分であることを示しています。
シンプルなアプローチの必要性は、分析ツールの限界にあるのではなく、むしろ動作システムが複雑非線形システムであるという、その性質のために必須とされているといっても過言ではありません。
非線形性とは、システムの入力と出力、または任意の変数であるXとYの関係性が、時や場合に応じて、大きく異なり、必ずしも比例しない関係性を意味します。また、全体の出力の総和が各構成要素の出力の合計と一致せず、相互作用の積み重ねから”全体は部分の総和以上”の創発的な全体としての”挙動”が生まれるという大きな特徴を有します。
(創発性...個々の構成要素が相互作用することで、個々の構成要素からは予測できない全体としての性質が現れること)
ここでは、“複雑さ”(complex)と"ややこしさ (Complicated)"の違いは重要であり、後者には創発性はないということです。
人の動作は、こうした複雑非線形システムの代表例とされ、複数のサブシステムが協調しながら動作を生み出しています。サブシステムは前述のAPTAのような解剖生理学上の”系”としても構いませんし、片脚立位であれば、足部・足関節、膝、股関節、コアなどと考えて構いません。
この動作は、学習、発達、課題の内容に応じて複雑性を変化させながら自然に形成されます。自由度の冗長性・重複性により、同じ課題に対して複数の解が存在することも特徴とされます。よって、以前はエラー・誤差と見なされていた動作の変動(Movement variability)は、健全な動作に不可欠とされています。
こうした動作のような複雑非線形システムを研究したり、または臨床で対峙することには、多くの困難が伴います。非線形方程式は、解析的な解を持たないことが多く、反復的*あるいは数値的手法**が必要になります。また、バタフライ効果により、初期の小さな違いが結果に大きな影響を与えるため、予測も困難とされます。さらには、変数や相互作用が非常に多いため、システム全体を可視化したり、理解が極めて難解になりがちです。線形システムに見られるような普遍的な法則は存在せず、固有の課題毎に特化した方法が求められ、また、人の動作は主観性や文脈依存性が高く、研究や課題解決を一層複雑にしてしまいます。
* 反復法(適当な解を仮定して、繰り返し計算を行うことにより、真の解へ近づける方法 )
** 数値法(数値シミュレーション、回帰分析など)
このような背景の中で、FMSのようなシンプルなアプローチは極めて重要な利点をもたらします。主要な相互作用や原理・原則に焦点を当てることで臨床で起こっている現象に理解を深めることができ、データの視覚化、ノイズを除去することでモデル性能の向上、計算の効率化を可能にします。FMSのようなシンプルなモデルは解釈、説明しやすく、そのコストも抑制することができ、バイオメカニクスや運動制御・モーターコントロールの原理・原則を検証する手段や仮説構築の基盤としても有用になります。
“すべてのモデルは誤っているが、有用なものもある”(All models are wrong, but some are useful)という有名な言葉がありますが、細部を省略することとなったとしても、本質的なダイナミクスを捉えることができるという点で、シンプルなアプローチの有用性、重要性を表しています。
シンプルなアプローチは、動作の複雑性と我々の理解可能性とのギャップを埋めるものであり、重要なメカニズムを切り出し、原理・原則の検証や仮説生成の枠組みを提供します。さらに、教育・臨床応用にも役立ち、変数と動作パターンの関係を解析可能にします。FMS/SFMAを現場に取り入れ、大きな成果をあげている人の多くは、この点を直感的に、または明示的に理解しているがために、現場でのFMSの有用性を理解しているのでしょう。
もちろん、過度に単純化されたモデルは、精度を損ない、運動の微妙なニュアンスを捉え損なう恐れがあるため、特定の動作や条件に特化しすぎると、汎用性に欠けたり、誤った解釈につながる可能性もあります。シンプルさと必要な緻密さとのバランスをとるという点では、FMS後に、SFMA、SFMAのレベル2、FCSを開発することで、十分に達成点できていると言えます。
個々の構成要素を詳細に分析する還元主義的アプローチのみでは、人の運動のような複雑非線形システムを理解するには不十分であり、相互作用によって生じる創発性を見逃してしまう決定的な欠点を持っています。例えば、同等レベルの股関節の機能不全であるにも関わらず、足関節や胸郭の機能不全が存在することで、腰部の挙動が創発的に大きく異なることになるということがあります。また、パフォーマンスピラミッドにおける同等のレベルを有するキャパシティレベルを持つ個人が、ムーブメントレベルが異なることで、創発的なスキル出現において大きく異なるということなども例としてあげられます。
全体性を重視したシステム的アプローチこそが、真の理解に至る鍵であり、そこにおいても”重要な相互作用に焦点を当てたシンプルなモデル”が重要な役割を果たします。
まとめとして、人の動作という複雑なシステムに対峙するうえで、シンプルなアプローチは不可欠なものであり、これにより根本的な原理の抽出、次元の削減、重要な要素への集中が可能になります。限界も存在しますが、シンプルさと正確さのバランスをとることで、シンプルなモデルは動作の理解を深める強力な手段となり、セラピスト、コーチとしての成長に貢献します。