パフォーマンスピラミッドは、90年代にGrayがフィットネスやストレングス&コンディショニング業界に見ていた問題点を、よりわかりやすく説明するために、考案されたものです。その後、多く人からの共感も得る一方、誤解に基づいて批判もされてきましたが、依然として2025

年の現在も、ムーブメントパフォーマンス・フィットネスとムーブメントヘルス(医療)の問題が整理されたいために、クライアント、患者、そしてセラピスト、トレーナー、コーチにとっても不幸な事態が起こるという非常に残念な問題があることは否定できない事実です。

 

 競技スポーツのパフォーマンスとFMSの関係性は、好んで議論されており、動作に関連する議論を促進するという点では、FMS開発の目的が達成されているものの、その考察などを読むとFMSの目的や解釈に関する誤解が見受けられることが多くあります。余談ではありますが、FMSを研究対象としたい方は、ぜひ研究を実施する前に、FMSセミナーを受講し、現場で実践し、しっかりとそのコンセプトを理解した後にぜひ研究に取り掛かってほしいと思います。

 

 

パフォーマンスとムーブメントの関連は、ムーブメントに関する定質評価と定量評価という点で明確な差を持ち、かならずしも相関関係を有しないというということが基本的な大前提となりますが、考え方を変えると、そこに密接な関係、相関関係を見出せるケースもあります。

 

 

少し前の情報となりますが、今回の記事の対象となった研究対象となった121人のアスリートのうち、86%が2010年にそれぞれの種目で世界のトップ100に入る成績を収め、45%が2010年に世界のトップ20に入るか、2008年のオリンピックメダリストだったという事実もあり、とても参考となる情報を提示しています。

 

FMSとパフォーマンスの関係について、陸上競技を例にFMSの開発者、Lee Burtonが解説しています。

 

 

 FMSに関する最大の誤解のひとつは、FMSがパフォーマンステストであるという点である。しかし、FMSはパフォーマンステストではない。FMS上の数字がすべて3点であるアメリカンフットボールのクォーターバックが、すべて2であるクォーターバックより優れているはずがない。

 

 場合によっては、満点の21点よりも低い点数(1や0がない)の方が有利であることがある。特に打撃・バッティング系や投球・スローイング系のスポーツでは、激しいトレーニングによって生じる非対称性が許容される場合がある。

 

 とはいえ、陸上競技をはじめ、アスリートのFMSスコアとパフォーマンスの関係が確認されているスポーツも存在する。

 

 陸上競技におけるFMSの応用を研究してきた一人が、St. Vincent Sports Performanceのトッド・アーノルド(Todd Arnold)である。トッド アーノルドはスポーツ医学の専門家であり、米国陸上競技連盟のスポーツパフォーマンスサイエンティストとして、オリンピックに各国代表として参加する多くの選手を含む、全米一の陸上競技選手と幅広く協力してきた。

 

 アーノルドはインディアナ大学の他の研究者とともに、FMSスコアと陸上競技のパフォーマンスとの関係を調査する2年間の研究を主導した。その研究の結果、FMSのスコアが14点以上のエリート陸上選手は、翌年のパフォーマンスが大幅に向上し、14点未満の選手は平均してパフォーマンスが低下することが示唆された。

 

 アーノルドはある雑誌の取材に対し、「動作が良い選手は、FMSスコアが悪い選手や著しい非対称性を示す選手よりもパフォーマンスが向上する可能性がある」と語った。しかし、アーノルドは「良く動き、非対称性がないことは、単にその選手が各トレーニングセッションからより多くを得ることを可能にするだけかもしれない」と付け加えている。

 

 7つのFMSテストのうち5つは左右で行われるため(HS、ILL、SM、ASLR、RS)、アーノルドと彼の共同研究者は、左右で実施されるFMSテストとパフォーマンスの間に密接な関係があるかどうか調べた。その結果、左右の非対称性を持たないアスリートはパフォーマンスが向上し、少なくとも1つの非対称性を持つアスリートはパフォーマンスが低下することが明らかになった。これは直感的に理解できることである。

写真左 FMSスコアが14点以上のアスリートは、FMSスコアが14点以下のアスリート(-0.51%±2.30%)と比較して、最初のシーズンから次のシーズンへのパフォーマンスの変化に有意差があった(0.41%±2.50%。

 

写真右 少なくとも1つの非対称性を示した被験者(n = 70)において、最初のシーズンから次のシーズンへのパフォーマンスの変化は-0.26%±2.10%であったのに対し、非対称性を示さなかった被験者(n = 51; P = 0.03;図2中)では0.60%±2.86%であった。

 

訳者注)このパフォーマンスの改善の程度について、Chapmanらは、"1996年から2008年までの4大会のオリンピックにおいて、陸上競技の優勝者と4位(つまりメダル圏外)の成績の差の平均は、低い競技で0.98%(女子長距離競技)、高い競技で1.98%(男子スプリント/ハードル競技)であった。オリンピックにおける1位と4位の成績のこのわずかな差は、エリート陸上選手の典型的なレース毎、あるいは種目ごとのばらつきに匹敵する"とし、この研究で示された、

"アスリート全体のコホートにおいて、低FMSスコア群 対 高FMS群(0.92%)および非対称群(0.86%)の2シーズンのパフォーマンス変化の平均差は、価値あるパフォーマンス変化の閾値をはるかに超えている"としている。

 

 

 

長距離走ほど反復運動が必要なスポーツは他にない。エリートランナーのストライド数は1分間に180~200歩にも昇り、一流の長距離ランナーにとって控えめな週80マイルのトレーニングでは、80,000から100,000回のストライド数になる。これは、オーバーユースによる障害を引き起こす可能性が非常に高くもするし、またパフォーマンスを向上させる可能性もある。ベースラインをクリアしたアスリートは、環境に適応するための運動スキルを備えているため、より良いパフォーマンスを発揮する機会がある。

 

 Emma Coburn選手は、リオオリンピック3000m障害物競走で1984年以来となるメダルを獲得し、その過程でアメリカ新記録を樹立した。トッド・アーノルドらの指導のもと、オリンピック前にはFMSで21点中20点を叩き出している。

 

 コバーンはESPNに対し、FMSのスコアについて、「これはまさに、全面的・総合的な動作であり、全面的・総合的なストレングスと柔軟性に関係するものだ」と語っている。

 

「長距離ランナーの多くは痩せていて、弱々しく見えるかもしれない。しかし、多くのランナーは、人々が思うよりもずっと強く、また、一般的に判断されるよりもずっと優れたアスリートである」と、コバーンは付け加えている。「多様なスポーツのバックグラウンドを持っていたことは、筋肉の発達や協調性という点で、私がより強いランナーになるのに役立っていると思う。」

 

幼少期、コバーンはバスケットボール、バレーボール、ホッケーに加え、陸上やクロスカントリーをやっていた。長距離が彼女の主要なスポーツになったのは、高校3年生のときである。多くのパフォーマンスコーチにとって、マルチスポーツ・複数スポーツの経験が長期的な競技力向上に役立つということは、新しい概念ではない。陸上、ゴルフ、サッカーのいずれであっても、早い段階でのサンプリングは、アスリートとしての成功の上限を押し上げる。

 

(体操のような早期特化型のスポーツは顕著な例外であるが)実際、これはほとんどのオリンピックスポーツで見られる傾向である。2014年、USOCは所属するオリンピック選手の包括的な調査を行い、オリンピック選手は平均して、10~14歳は年間3種目、15~18歳は年間2種目以上プレーしていることが分かっている。

 

 ムーブメントは、アスリートパフォーマンスのファンダメンタルな構成要素の1つであり、FMSは多くのアスリートやコーチがそれらを測定する方法である。パフォーマンスの向上はFMSの副産物として歓迎される一方で、FMSの一番の目的は、動作と耐久性のベースラインを設定することである。

 

 2012年に史上2番目に速い男となったジャマイカのスーパースター、ヨハン ブレイクは、ハムストリングの怪我に悩まされてきた。2年間にわたって、ブレイクはその怪我によって定期的に競技に参加することができなくなった時、ブレイクと彼のトレーナーは、彼の問題の根本原因を特定するためにFMSに目を向けた。ブレイクと彼のトレーナーは、FMSを使用して彼の動作を評価し、傷害を引き起こしやすくしている可能性のある制限を特定した。彼らは、股関節のモビリティとハムストリングの弱さに注目した。ブレイクの2016年は、オリンピック個人メダルでは終わらなかったが、100mで4位、200mで準決勝に進出し、完全ではないが満足のいく程度に健康的だった。ブレイクはジャマイカの4×100mチームで走り、3つ目の金メダルを獲得することになる。

 

 

FMSは魔法の薬ではない。健康を保証するものでも、表彰台を獲得できるものでもない。

 

しかし、FMSは、ランナーが次の10万歩を、パフォーマンスと耐久性の両面で最大限に活用できるかどうかを測定することができる。

 

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追記:

なお、陸上におけるパフォーマンスと傷害・疾病に関する研究では、5年連続の国際競技シーズンにわたって実施された前向きの研究であり、国際レベルの陸上競技選手33人を対象としたBenjaminらの研究の以下の研究も、上記のLee Burtonの記事、ChapmanとArnoldらの取り組み・研究とつながるものがあり、示唆が深いものです。

 

・"準備期間中の怪我や病気、そしてそれらがトレーニングへの可用性・稼働率に及ぼす影響は、選手が国際的なレベルでパフォーマンス目標を達成できるか否かを大きく左右する。"

"パフォーマンス目標を達成する可能性は、計画されたトレーニングの80%以上を完了したものにおいて7倍に増加し、トレーニングの可用性・稼働率は、成功したシーズンの86%を説明した。"

"新たな傷害の大部分は準備シーズンの最初の1ヵ月以内に発生し(30%)、病気の大部分は大会から2ヵ月以内に発生(50%)している。"

"トレーニングプランを変更するごとに、成功の確率は有意に減少した。"

 

 

 

 

Robert F Chapman , Abigail S Laymon, Todd Arnold Functional movement scores and longitudinal performance outcomes in elite track and field athletes. Int J Sports Physiol Perform. 2014 Mar;9(2):203-11. 

 

Benjamin P Raysmith  1 , Michael K Drew  2 Performance success or failure is influenced by weeks lost to injury and illness in elite Australian track and field athletes: A 5-year prospective study. J Sci Med Sport. 2016 Oct;19(10):778-83.