古いものへのこだわり Vol 2
by Gray Cook
Gray・FMSは、ケトルベル、ターキッシュゲットアップ、インディアンクラブなど、オールドスクールな運動指導法に新しい価値をに生み出し、情報発信することで知られていますが、その理由について、Grayが解説しています。
前回の記事の続編です。
まずは基本的なことから始めよう。
正確さ(Precision)、プログレッション(Progression)、多様性(Variety)
正確さ(Precision)は最初にくる。なぜなら、まずエクササイズ・運動を理解し、その運動の技術的な面で正確であることは重要であるからである。活動やエクササイズには、2つのファンダメンタル・基本的な柱がある。動作コンピテンシーと身体キャパシティである。
・動作コンピテンシーとは、簡単に言えば、個人がその課題に必要な正しい動作パターンを示すための身体的なモビリティとスタビリティを持っていることを意味する。これは基本的なことであり、エクササイズやFMSの背景にあるコンセプトである。
・ 身体的キャパシティとは、特定の活動や動作パターンを行うためのモビリティやスタビリティが制限されていないが、運動量・ボリュームや強度・インテンシティに制限がある場合があることを意味する。
この2つの要素を分離することで、運動の専門家は、モビリティとスタビリティの基本的な動作の問題と、筋力、スタミナ、テクニックの問題との違いを見分けることができる。コンピテンシーとキャパシティが確立された後は、プログレッション(Progression)が目標を設定し、システマティックなアプローチでスキルを身につけることを可能にする。最後に、多様性(Variety)は、プロエフィエンシー・習熟度が発達されると、異なる形態のエクササイズ・運動に移行することを可能にし、知識と肉体的なコンピテンシーのプラットフォームを作り出す。多様性とは、単に異なる方向へのプログレッションである。多様性の導入は、トレーニングの娯楽や退屈さを軽減するために行われるものではない。次の活動をサポートするスキル、活動、エクササイズ・運動でコンピテンシーが達成されたときに提供される機会である。
残念ながら、最近のオールドスクールなトレーニングを運動プログラムに入れようとする試みは、多様性を優先し、正確さを考慮していない。
道具を使うのであれば、それに付随するシステムに従うべきだ。
現代の多くのジムは、オールドスクールに伴う熟達、責任感やシステマティックなアプローチを使うことなく、オールドスクールの器具を取り入れている。多様性がほとんどウイルスのように広がっている時には、精密さとプログレッションは役割を持たないようにさえ思える。
フィットネス・トレーニングにおける、不幸な、しかし典型的なシナリオは、オールドスクールのエクササイズ・運動 ビュッフェに遭遇し、指導者、これをプッシュして、それをスイングしろ、と言う。
毎日が度胸試しであり、質・クオリテイのための時間などはない。( )以外に私たちの価値を測定するために、他の方法を知らない。( )に自分の好きなサイトの名前を挿入してみよう。
我々が1800年代後半から1900年代前半に体育館にあったエキップメントを我々が使用しているのは皮肉なことだが、残念なことにそのエキップメントが、現代と当時の類似性が終わるところである。
先人は、我々よりも、大きな誠実さと技術的な専門知識を持ってこれらを使用していた。
私とパートナーがこれらの情報の提供にとても情熱を注いでいる理由は、これらは動作・エクササイズを健全なフォーマットで教えることができ、これらの動作・エクササイズの生地に埋め込まれた本物の類いまれな特質を説明できるからである。逆ではなく、精密さ、プログレッション、そして多様性をもって、我々は先人に敬意を払おうとしているのである。また、我々のフォロアーには、全てにおいてたんに十分にではなく、身体的に非常に重要ないくつかにおいて、卓越してほしいと考えている。
我々は、指示された通りに実行すれば、全体的なトレーニング効果が得られ、持続可能な適応力(Sustainable adaptability) が得られるようなプログラムを提供している。持続可能な適応力とは、人が専門的な活動を支持できるようなしっかりとした基盤を持つことを意味する。トレーニングに必要な動作コンピテンシーを持つことになる。
おかしな話だが、最近の研究によれば、実はエクササイズ・運動は危険因子であることがわかっている。つまり、よりアクティブになることは、身体を痛める可能性があるということである。動作スクリーニングはベースラインを設定し、それに応じてエクササイズ・運動が処方される助けとなる。なぜなら、許容可能な動作コンピテンシーを持たずに、エクササイズ・運動を実施する人がいるからである。彼らは代償したり、不適切に動いたりする。システマティックなアプローチがなければ、私たちは推測しているに過ぎない。
ここでひとつの疑問が湧く。もし、運動とエクササイズを体系的に教えたら、本当に動作スクリーンは必要なのだろうか?と。おそらく必要ないだろう。しかし、動作システムが当たり前だった時代から、我々は遠くかけ離れてしまっている。体系的なアプローチがなかった結果、驚くべきフィットネスの風景を生み出された。
FMS・動作スクリーンを受けている人の20%以上が単純な動作パターンのうち少なくとも1つで痛みを感じており、50%以上の人がケガのリスクに関連した重大な動作パターンの機能不全を少なくとも1つ抱えている。
また、スクリーニングを受けた人のほとんどは、自分は運動・エクササイズの準備ができていると考えており、動作スクリーニングが暴露する問題点に気づいていないことにも注意が必要である。
スクリーニングとコレクティブエクササイズは、動作システムをリセットして運動能力を回復させるための最も効率的な方法のように思われるが、動作コンピテンシーの状態を維持するには、ファンダメンタルな原則に沿った体系的なプログラミングが最善の方法であると思われる。
先人は、私たちに情熱と知識の偉大な源泉を与えてくれたが、もし私たちが彼らのような健全性と、意図と、そして正確性をもって、エクササイズを実践しなければ、実際には何も改善しない。
いずれも特定されなければ潜在的なリスクをもたらすことから、運動不足ややりすぎのの療法の傾向を効果的に管理するためのスクリーニングやコレクティブ・コレクティブ システムを提供することで、現代の運動・動作科学は、私たちの実践に寄与する。
運動不足と、過剰な専門化の傾向は、運動機能不全のベルカーブの両端に働きかけ、現代のフィットネスを求める人の動作コンピテンシーを低下させている。
我々には大きな機会がある
私たちが余暇や運動に充てられる時間は、おそらく私たちの祖先が享受できた時間よりもはるかに多い。彼らも私たちと同じようにトレーニングをしなければならなかったが、多くの人は私たちのような快適さや座りっぱなしの機会はなかったはずだ。私たちよりも肉体労働や技術的に困難な仕事が多い上に、圧縮されたタイムスケジュールの中で、彼らは正確さ、プログレッション、多様性のための時間を確保した。
下の写真を見てほしい。筋群や体の部位ではなく、動作パターンに焦点を当てている。体育館には座る場所がなく、すべての器具が全身を使っていることに注目してほしい。昔の体育館・ジムを見て、責任や危険な器具があると批判する人がいることは知っているが、それは、能力があればより高いレベルの技術的パフォーマンスで運動する権利が得られ、能力がなければ単に鍛えるだけでなく、トレーニングに戻って学ぶという体系的な学習アプローチの例がないから、そう批判するだけである。