動作評価は、リハビリテーション・治療をどう変えるのか?
by 上松大輔
理学療法士であれ、アスレティックトレーナーであれ、リハビリテーションや治療の専門教育は、長らく機能障害モデル(Impairment Model)に立脚してきました。これは、「どの組織が損傷しているか」(what’s broken?)という視点から治療戦略を構築する、いわば疾患に立脚したモデルです。
例えば、膝の痛みがある時、このモデルでは筋力、可動域、靭帯の緩み、関節の拘縮や炎症などを評価し、損傷、異常のある構造を特定し、その構造に直接的にアプローチすることで、問題の解決を図っていきます。これは精密かつ合理的であり、確かな成果をあげてきました。
一方、“動作”という新しいパラダイムに注目が集まってから30年余りが経ちました。
それは、従来のように「どの組織が損傷しているか」と問うのではなく、「どのように動いているか?」(How are they moving?)という視点に立脚し、人の動作をシステム全体として評価するというものです。k
これは、Movement Model(動作モデル)と呼ばれ、医療やリハビリテーションを根本から変革し、運動器に関わるヘルスケアプロバイダー・医療従事者の職域を広げるものです。くしくも、患者の価値観などを尊重した患者立脚型の評価の導入の必要性が唱えられて久しくたちますが、それと同様の流れと考えることができるかもしれません。
そして、この2つのモデルは似て異なるものであるという点がしっかりと認識がされ、機能障害モデルの延長で動作モデルを捉えられることが多くあるのですが、二つには全く異なる原理原則が存在していることは大きなポイントです。
機能障害モデルの限界
機能障害モデルを受けた身としては、痛みを訴えている患者へのサービス・介入は組み立てられるのですが、痛みを訴えていないクライアント・選手へのサービスは機能障害モデルでは組み立てにくい、という大きな問題点があります。というのも、機能障害モデルは基本的に“後追い”の構造であり、問題が顕在化してから対処する反応的(Reactive)なモデルだからです。しかし、実際には、症状が発生するはるか前から、身体は代償的な不良動作パターンを繰り返し、徐々に組織へストレスを蓄積させていることを我々は知っています。
そして、どのように動いているのか?、なぜそう動くのか?という問いは、(再発)予防という問題に対峙するためのモデルを構築する上で、非常に有用になります。
また、完璧なMRI画像を持つ人が激しい痛みを訴えることもあれば、深刻な構造異常を抱えていても通常の機能レベル、パフォーマンスを維持している人もいます。つまり、「構造の異常=機能の異常」とは限らず、その間に存在、ギャップを埋めるものが動作の質(Movement Quality)です。
また、従来の機能障害モデルだけでは、不良な動作パターンや神経系の適応といった重要なな要素を見落とす危険性もあります。
動作モデルがもたらす新しい視点
動作モデル(Movement Model)は、構造的な破綻が起こる前に、またはその裏で、「なぜそのように動いてしまっているのか?」について探る、積極的 (proactive) なアプローチです。非効率的な動作パターン、代償的な動き、痛みの有無とは関係なく、現れている潜在的な機能不全を観察し、より根本的なレベルでの治療・予防につなげます。
そして、FMS/SFMAでは、スクワット、伸展動作、屈曲動作、片脚立位などの7つのパターンからこれを実現しようとしています。その再現性、客観性の確立に腐心してきました。
これらの動作パターンへの観察から、単なる関節の可動域や筋力では見えない神経系、運動制御、習慣的動作パターンといった、動作システム全体の統合的な問題が浮かび上がってきます。
動作の質は、単なる筋肉の強さや柔軟性ではなく、脳に記憶された動作パターン(エングラム)によっても左右されます。不良な動作は、神経系に固定化されることで“新たな常態”となり、次第に構造的破綻を招く可能性をもちます。逆に、神経可塑性を活用し、良質な動作を学習・再教育することで、持続的かつ根本的な変化を生み出すことも可能となります。
ムーブメントシステムとAPTAビジョン
2013年に出されたアメリカ理学療法士協会(APTA)のビジョンは、「人間の経験を向上させるために動きを最適化することによって社会を変革する」(Transforming society by optimizing movement to improve the human experience.)としています。このビジョンステートメントへと至る過程での議論は非常に興味深く、示唆に深いものがあるので、別の機会にも触れいたいと思いますが、このビジョンは非常に画期的なものです。以下のものを実現することができます。
・職業のアイデンティティ:身体を単なる部品の集合ではなく、統合された運動システムとして捉える。
・動作の最適化:痛みの緩和にとどまらず、よりよい動作を創出する。
・人間の経験向上:痛みの克服を超え、自己効力感や社会参加を取り戻す。
・個別性と目標指向:その人にとっての「意味ある動作」を目標に据えた治療
医療とリハビリ構造から動作へ
動作モデルは、「今日の不良な動作が、明日のMRI異常を作る」("Poor movement today can creates abnormalities in MRI tomorrow.")という視点を提示します。
そして、動作機能不全に早期から介入することで、慢性疼痛、スポーツ傷害、再発性の機能障害を未然に防ぐことが可能にします。この重要な点に気付いているセラピストたちは、機能障害モデルと動作モデルの両方を統合的に使いこなすことで、構造と機能の両面からの包括的なアプローチを実現しています。
人の身体は、動くように設計されています(human body is designed to move)。
だからこそ、“どのように動くか”をとりいれるヘルスケア・医療こそが、これからの治療・予防・再発防止の鍵となります。「何が悪いか」だけを問うのではなく、「なぜそう動くのか?」「どのようにすればより良く動けるか?」を考える視点をもつと、セラピストとしての成長のポテンシャルを最大化できると言えます。