呼吸の重要性

- 呼吸パターンが動作、パフォーマンス、痛みに与える影響 -

 

by 上松大輔

 呼吸は無意識に制御されているため、当然のこと、シンプルなものだと捉えがちですが、近年の研究では、呼吸パターンが動作、パフォーマンス、さらには身体の感覚に大きな影響を及ぼすことが明らかになっています。

 

 FMSは、その重要性にいちはやく気づき、例によって解決策を作り出すのではなく、より良い解決策は後にみつかることを自覚した上で、労力をかけ、また外部のスペシャリストをアドバイザーとして招き、独自のスクリーン法も開発しました。

 

 さて、"Pain and Faulty Breathing"( Perri MA. 2004)という一つの研究では、呼吸パターンと筋骨格系の痛み、特に慢性的な頚部痛との関連を着目しています。この研究では患者の56.4%がリラックスした状態で誤った呼吸(Faulty breathing)をしており、深呼吸では75%に増加するとしています。

頻発する呼吸機能不全は、胸部の挙上、肋骨(胸郭)の動作の減少、パラドキシカルな呼吸パターンがあり、呼吸機能不全は慢性頚部痛と有意に関連し、実に頚部痛患者の83%が機能不全パターンを示したとしています。

結論において、呼吸機能不全は、姿勢、脊柱の安定性、筋機能を乱し、緊張を悪化させ、痛みの知覚を増幅させる。このことは、呼吸のメカニクスが筋骨格系の痛みを長期化させる上で重要な役割を果たしている可能性を示唆するとしています。慢性疼痛のリハビリテーションにおいて呼吸パターンを評価し、修正することを推奨しています。

 

FMSと呼吸機能不全の関係を見たBradley, H. とEsformes, J. (2014)の研究では、以下のような非常に興味深い事実も明らかになっています。

◯呼吸機能不全パターン(主に胸郭優位呼吸)の被験者(13.2点)は、正常な呼吸パターンの被験者(15.2点)と比較して、FMSの得点が有意に低かった

◯呼吸機能不全の被験者のFMS平均得点は13.2点であったのに対し、正常な呼吸の被験者では15.2点であった

◯呼吸パターン障害の被験者の57%が、FMSで14点以下に対し、正常な呼吸の被験者で、この14点以下であったのは21%のみであった。

7つのテストの全てで2点以上だった非検者のうち87.5%は腹式呼吸であった。

 

 

呼吸とモーターコントロール機能不全 -呼吸器系のデュアルタスク-

 

 呼吸器系は単なる酸素交換のためのシステムではありません。それは動作システムの中核をなす要素でもあり、特に横隔膜は主要な呼吸筋として、またコア・脊柱を安定させる筋として二重の役割(デュアルタスク)を担っていることから、先行研究によると、呼吸機能不全は全身の運動制御パターンを変化させるとされています。

 

 呼吸メカニクスの乱れは、腹横筋および多裂筋などのインナーコアの活性化パターンの変化と関連があるとされ、呼吸と動作との間の神経生理学的関係は複雑であり、脳幹にある呼吸中枢は、姿勢制御中枢にも強い関与を持ちます。

 よって、呼吸機能不全が発生すると、このデュアルタスク(二重課題)に破綻が起こります。先行研究によれば、呼吸パターンの変化は、コア・体幹の安定性や姿勢制御、動作のシーケンス・順序を乱し、全身に代償的な動作を引き起こす可能性があるとされています。

 

 さらに、面白い知見として、過呼吸は、固有受容間隔機能およびバランス能力を低下させるとや、慢性的な口呼吸が、頭部前方姿勢および頸部筋のアンバランスと関連するとする知見もあります。

 

 狭義でカウントしても呼吸に関与する頚部、体幹の筋を中心に30以上とされ、呼吸は1日に約20,000回行われます。その呼吸を、非効率的、機能不全なパターンで繰り返しているとしたら、それは動作の健康を支持するどころか、健全性を損なわせるパターンを毎日2万回繰り返しているとも言えるでしょう。

 

先行研究が示す呼吸と動作の関係

呼吸と動作を結びつける研究は多く存在し、以下のようなものがあります。

◯慢性腰痛痛患者は、横隔膜機能の低下と補助呼吸筋への依存の増加を示すことが多い。

◯呼吸パターン障害とアスリートのパフォーマンス低下の関連性がある。

◯呼吸障害が頚部痛、胸郭出口症候群などの状態と関連する。

 

 

アスリートのパフォーマンスへの影響

アスリートにとって、呼吸と動作の関係はさらに重要とされ、不適切な呼吸パターンは次の問題を引き起こすとされています。

◯酸素供給の低下による早期疲労

◯代償的な筋の動員が増加し、傷害リスクの高まり

◯リカバリー能力の低下

◯胸郭のモビリティの低下

 

エリートアスリートが、さまざまな形で呼吸のトレーニングを取り入れることはもはや常識といってもいいでしょう。

 

呼吸と動作の関係について理解が深まるにつれ、呼吸の評価とコレクティブエクササイズをリハビリテーションやパフォーマンストレーニングに取り入れる重要性が高まっています。呼吸と動作を別々のシステムとしてではなく、人間の動作機能の不可分な要素として捉えることが鍵です。

急性外傷からの回復であれ、慢性疼痛のリハであれ、あるいはスポーツパフォーマンスを最適化したい場合であれ、”呼吸”に評価してみることは、動作のパズルの欠けたピーズ”missing piece”であることは間違いありません。

 

 

Perri MA. & Halford, E. (2004). Pain and faulty breathing: A pilot study. Journal of Bodywork and Movement Therapies, 8(4), 237–247.

 

Bradley, H., & Esformes, J. (2014). Breathing pattern disorders and functional movement. International Journal of Sports Physical Therapy, 9(1), 28–39.