動作の質に対するベースラインを作り出す
FMSを実施する目的はいくつもあり、様々な観点・次元からその重要性について議論することはできます。その目的の中でも最も重要で、そして最もシンプルなものの一つに
「基本的な動作のベースラインを作り出すこと」
("Creating a baseline for fundamental movements")
があります。
ここでは、部分vs.動作、パフォーマンスvs.動作という観点からの重要性は他日の議論とし、別の観点から動作パターンに対する評価の重要性を紹介したいと思います。
基本的な動作のベースライン(≒基準値)を作り出すことはなぜ重要なのか?
アスレティックトレーナー、理学療法士、またはストレングス&コンディショニングコーチ、パーソナルトレーナー、またはヨガ・ピラティス インスタクターであれ、我々は介入・サービスの効果を客観的に示す必要があります。
つまりクライアント・患者、そして自分自身に対して説明責任をもつこと。
しかし、悲しいかな、自らの介入・サービスの効果を過大評価することを我々は非常に得意としています。体温を測定することなしに解熱剤を処方し、その薬の効果を得意げに説明する内科医に会ったことがあるでしょうか?また入会時の体重を図らずに、減量プログラムの効果を宣伝するダイエットジムがあるでしょうか?
客観的な動作に対するベースラインは、この先入観、主観、曖昧さから我々を守り、フィードバックを提供してくれます。ベースラインに照らして効果を示せたならば、我々は謙遜することなく、その成果を我々の介入・サービスの結果として示すことができます。
一方で、客観的に成果を示すことができなければ、謙虚に介入・サービスの検証を行う必要が生まれ、それは介入・サービスの改善へと繋がる。このサイクルを作り出すためにも、ベースラインを作り出すことは必須となります。
我々FMSが、提供している介入・サービスそのものを使って(例えるなら、ウォームアップで実施している動的ストレッチ動作が改善していることをもって動的柔軟性を改善していることを示そうとすること)、効果判定をなぜ行わないのか。
その理由はたくさんありますがー。
1つに、”答えがわかっているテストをつかって数学の能力を測定しない"ということがあります。
テストを練習しない(Not practicing the test)ことは、一つの原則。
さらに本質的な理由を一つ紹介すれば、動作は複合的になればなるほど代償動作をごまかす方法が無数に生まれ、結果として代償動作の真の原因や因果関係も特定することが困難となります。
よって、介入・サービスそのものを使って効果判定を行なうとすると、結局のところ我々は都合よくその因果関係を推測するか、またはヒエアルキーも優先順位もなくその可能性の全てに対処することとなり、時間を浪費し、評価や介入が洗練されることもありません。
複合的な動作で見つけた代償動作の原因が、当初の予想とは全く異なるところにあったという出来事は、愚直に客観的な動作評価を実践している人であれば、日々経験していることだと思います。
余談ですがー、
日々の動作評価の経験を通じて、これまで関係なかったように思えた無数の点が、考えもしなかった方法で繋がり始めてくると思います。片脚バランスの原因が仰臥位にあったり、ランジ動作の原因が側臥位にあったり。
この観点を持ち始めると、部分だけを見る方法や、疾患別に物事を捉える臨床スタイルには逆戻りできなくなると思います。
話はベースラインに戻ります。
奇しくも、COVID-19に伴う中断後のスポーツ再開に関して、傷害予防などの観点についてガイドラインが各種の団体から公表されていましたがが、その大半は、トレーニングの時間や頻度、強度など、我々FMSの提唱しているパフォーマンス ピラミッドで言う”パフォーマンス”つまり動作の量的なものに関するものばかりで、動作の質に関するものは残念ながら見当たりませんでした。まさに、FMSが20年前から提起してきた問題点です。
長期間に及んだ自粛期間の活動の低下が、動作の質にどのような影響を与えたのかー、という情報は、再開後のトレーニングの実施に向けて貴重な情報を提供してくれます。
トレーニング・セッションでは、量的な観点(例 スポーツパフォーマンスの向上、ダイエット、ボディメーク)にフォーカスを絞ることがきるのか、または質的なものにも大きなフォーカスを当てる必要があるのか。
そもそも自粛期間中に、動作の質的な低下が起こったのか否かという情報はベースラインを持っていなければわかりません。
ここでは具体例として自粛期間(通常の例ではオフシーズン)を例としましたが、これを傷害と置き換えても構いません。傷害の影響が症状のある局所に限定されるのか、または動作パターンに影響が及んだのかは、ベースラインとの比較をもって初めて明らかにすることができます。
下記のSprague PAらの文献は、シーズンを通してFMSのスコアの変化を追ったユニークな研究であり、大学バレーとサッカーのシーズンを通したFMSスコアの変化を追ったものです。シーズンを通じて、特定のFMSのスコアは改善するものもあれば、悪化するものもあったとしています。
"シーズン中、選手は過酷なコンディショニング、練習セッション、試合に耐えることになり、特定のパフォーマンス変数に悪影響を及ぼす可能性がある。パフォーマンス変数を維持、または向上させることができるかどうかは、スポーツの成功、特にポストシーズンのプレーの準備にとって重要な要素です。したがって、機能的な動作パターンをモニタリングすることは、少なくとも傷害回復力 (Injury resilience)が維持されているかどうかを判断するのに有用であり、パフォーマンス・メディカルスタッフに介入(コレクティブプログラム)を評価する機会を提供する。
この研究の結果は、動作パターンの質は競技シーズンを通して維持されていたことを示唆している。しかし、特定の運動パターンは、ASLRとRSで見られたように低下しており、特にRSの低下は、シーズン後の平均スコアが許容できないレベルまで後退していたため、より懸念された。
スポーツ特異性の影響は、スポーツ間におけるFMSの個々の動作パターンの得点のばらつきに寄与している可能性がある。これらの知見は、アスリートが最適な動きの質を保てるよう、継続的なモニタリングと特異的なコレクティブプログラミングの必要性を補強するものであり、競技シーズンを通して、アスリートに最適な動きの質を提供できるようなプログラミングが必要である。
Over the course of a season, players endure demanding conditioning, practice and competitive sessions that may have negative effects on specific performance variables.
Being able to maintain, or improve performance variables are important factors for athletic success, especially in preparation for postseason play. Thus, monitoring functional movement patterns may prove useful in determining if injury resilience is at least maintained and provide practitioners opportunities to assess any intervention (corrective exercise program). Our results suggest that overall movement pattern quality was maintained over a competitive season in this group of Division II athletes. However, specific movement patterns did decrease as they were witnessed with the active straight leg raise and rotary stability tests with the rotary stability test decline being more of a concern because the postseason mean score regressed to an unacceptable level (.2). From a performance perspective, injury resistance was potentially increased demonstrated by a reduction of asymmetries and scores of 1. The effects of sport specificity may contribute to variance in individual movement pattern scoring within the FMS between sports. These findings reinforce the need for continuous monitoring and specific corrective
programming allowing athletes optimal movement quality throughout a competitive season.
「基本的な動作のベースラインを作り出すこと」("Creating a baseline for fandamental movements")は、メディカルからストレングスまで、大きな臨床上の転換点をもたらします。
Sprague PA. et al. Changes in Functional Movement Screen Scores Over a Season in Collegiate Soccer and Volleyball Athletes J Strength Cond Res 2014 Nov;28(11):3155-63.